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美しい国
2007 / 01 / 22 ( Mon )
「美しい国」。安倍首相のお言葉ですが、「美しい」というその価値を万人が共有することはとても難しいことです。

街並みの景観を評価する時によく話題に挙がるのが、以前にも書いた「悪い景観100選」にも出てきた看板やのぼり、あるいは電線などです。これらは、「無秩序」「不統一」といった言葉で評価され、整然と規律のとれた景観を構成する上で「じゃま」だとされる要素なのは確かです。ただ、「電線地中化」「看板やのぼりの撤去」「色彩の統一」みたいなことをただやればいいかのように思いこむことは、甚だ疑問です。

そんなことを考えてたところ、先日の朝日新聞のコラムの一節に「なるほど」と思う話が掲載されていました。それは、建築評論家の五十嵐太郎さんの著書「美しい都市・醜い都市」の中の日本橋の高速撤去に関する記述を引用した、街並みの統一に関する話。
“「話は高速をどけるという結論ありき、都市は一気に造るテーマパークでは無い。様々な時代の建物が集まる景観も歴史なのに」邪魔な物はどけ、高さや色をそろえればいい-そんな景観論は、ともすれば「公」を象徴するナショナリズムにつながりかねないか。皮肉だが、五十嵐さんは究極の統一感を取材で訪ねた北朝鮮の平壌で見た。
通りを境に街は見渡す限りの線対称、商店の看板もない。将軍サマの威容を示す街は異様。帰国後、電線と看板だらけの混沌日本の街にさえ「ほっとした」。”
(平成19年1月10日 朝日新聞朝刊“わが家のミカタ”より)

「統一すればいい」「規制すればいい」「撤去すればいい」という考えは、間違いではないんですが、景観は形や空間だけで成り立つものではなく、その場が積み上げてきた歴史とか、そこに暮らす人達の価値観とか、眺める人の育ってきた背景とか、そういうものが重なって初めて良いとか悪いとか言えるもんなんだと思います。
ボクは個人的には、視覚で認識できる「形」や「空間」に「現象」とか「感情」が重なって成り立つ物が景観だと思ってます。自然現象ももちろん含みますが、「にぎわい」とか「なつかしさ」とか、人が関わったり自分の過去の経験とかといったものも大きく影響するものです。
たぶん、その視点が無くては、どこかの外国のような「景観」が生まれかねないし、どこかさみしい景観に感じられてしまうのではないでしょうか。ようは、そこに「人」が深く入り込まなければ良いとか悪いとかいう以前の物でしかないんです。単純に看板が悪いわけではなくのぼりが悪いわけではないと言うことです。

前述のコラムに書いてあったことが、心に残ります。
“景観法を使う自治体でも、まちづくりは結局、住民とひざ詰めで、目指す街の姿を考える地道な作業だ。”
“大切なのは規制よりも共感なのだ。”

「美しい国」とはつくることではなく、共感することなのでは。

laud miyota
miyota | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
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コメント
--いろいろ土木設計--

はじめまして。
私は日々建設コンサルタントで土木設計を行っている者です。今回このブログを拝見させていただき、非常に心を動かされたのでコメントさせていただきます。
というのも私も都市景観には興味がありどうしたらよい景観の都市がつくれるかと日々頭を悩ませています。いろいろ考えた結果、思い浮かぶ答えは色彩をそろえる、高さをそろえる、幾何学模様の道路線形にする、などといったものです。いたって一般的な答えです。
これは私の好きな景観の一つであるイタリアのフィレンツェの景色が頭に残っているからかもしれません。そこでは高い位置から街を望むと、オレンジ色の屋根が広がっており、高い建物はドゥオモとその隣の塔のみ、遠くにはみどりの山々が見える非常に美しい景色が楽しめます。
よく考えてみるとこの景色も、ただ色がそろっているから美しいだけじゃなく、長年人々がこの街を愛し、守っていこうという気持ちがあったからこそ出来上がった風景であり、それを美しいと感じたのでしょう。人々の活気ある営みがあり、そこに街が育てられていくんでしょうね。
今回この文書を読んで非常によい刺激を受けました。街を劇的に一新する壮大な土木設計だけじゃなく、もっと人間味のある土木設計も楽しみの一つだなと感じました。
これからもこのブログを楽しみにしています!
by: ルネラ * 2007/01/22 22:53 * URL [ 編集] | page top↑
--ありがとうございます--

ルネラさん、ありがとうございます。
身内じゃないコメント初めてです。
うれしい反面恥ずかしいですね。
今まで読まれることも考えずに淡々と書き続けてきたので。。

共感して頂けて、とてもありがたいです。
まぁ、自分で書きながらも、じゃあそういった景観をどうやったら作れるのか、というところで考え込んでしまうのですが、なんとなく1人でつくるもんじゃない、と思えば気が楽というか、事実そうなんだと思うんですね。
無責任かもしれないけど、1人の価値観でできる街や風景なんてあるわけないし。
まぁ、そんなことを言いたいんです。

ぜひ、これからも批判も含めて色々ご意見いただければうれしいです。
よろしくお願いします。

laud miyota
by: miyota * 2007/01/23 01:02 * URL [ 編集] | page top↑
--共感--

ごぶさたしております。五十嵐さんの言葉、いいですね。そしてmiyotaさんの文章にも大共感いたします。時々、街並みスケッチなどしておりますが、ぐっと来る風景を描くとき、電線を描き込むことにも愛おしさを感じます。
by: 岡光 * 2007/01/24 20:51 * URL [ 編集] | page top↑
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