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責任の話
2006 / 08 / 28 ( Mon )
先日、福岡で橋梁から車が転落し幼い子供が亡くなった事件がありました。家族が乗っていた車に酔っ払い運転の車が追突したという事件。
これについて、橋梁の防護柵に関する新聞記事を目にしました。

「防護柵設置基準」では、橋梁に歩道がある場合には、歩車道境界に車両を止められる段差があることを条件に、歩道側の高欄は車両用の強度を持たなくて良いとされています。その基準に基づいて福岡市は「歩行者、自転車用にした」としています。「基準に従った」ということでは、間違ってないのかと思います。

とにかく今回の事故に関する責任とか、そう言うことに対しては何も話すつもりはありません。こういった、誰も予測できなかった「事故」に対して、予め誰かが予測することで全てを防ぎきれることがあるのか。とても考えさせられました。
それは、我々公共の施設を設計する人間達の責任逃れで言っているのでは無く、誰しも完璧に守られて生きていくこと、生活をし続けることなんてありえないと思うんです。いつ誰がどんなタイミングで事故に遭うかなんて予測できるわけもないし。結局便利を求めて今のある程度快適な生活環境が確保されていて、でもその反面リスクも背負っているわけです。そのリスクは、誰でもなく自分が求めたことで生じていることを認識すべきだと思うんです。
だから公共事業っていうのは、「あなたの生活を完全に守ります」ではなくて「あなたの生活が快適になる手助けをしています」って程度のことでしかないんです。
結局、自分のことは自分でどうにかしなきゃいけないんであって、必要以上に誰かにたよっちゃダメなんです。

冒頭の事件のこととは切り離してください。
その事件だけで考えたら、ボクだって車両の衝突に耐えられる防護柵にしておけば、と思います。そういう設置基準であったなら助かったのかもしれない、と思います。
でも、そう言う話じゃないですから。

laud miyota
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