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土木じゃないドボク #004
2006 / 07 / 26 ( Wed )
『ニュー土木』横山裕一(漫画)



laudとして活動しているということは、あたりまえなのですが「土木」好きなわけです。そして、なんとかその魅力を伝えたいと努力しているつもりなのですが、まずその魅力ってなんなのか、何をどうやって伝えればよいのか、それを考えるだけでワケがわからなくなってたりします。なんとも言葉にしづらい感覚的なコトなんだと思います。まあ、その辺も試行錯誤しつつ、こうして文章をしたためていたりするわけです。

で、今回紹介する「ニュー土木」というマンガ。表題の「ニュー土木」含めて20篇ほどの短編集なのですが、「土木」という言葉がタイトルとなっているのが珍しいかと思い、ご紹介。
映画や小説、マンガ、またはドキュメンタリーなどで土木が題材となったとき、代表的なモノとしては映画「黒部の太陽」「海峡」、TVドキュメンタリー「プロジェクトX」などがあげられますが、それらは「誰が・なぜ・何をした」といった「ものがたり」として伝えられることがほとんどです。なのに、マンガという「ものがたり」表現であるはずのこの作品においては「なぜ」が全く語られていません。さらに「誰が」「何をした」についても何だかよくわからないキャラクターや現象で示されていて、全くよくわからない世界がそこに描かれています。
例えば「土木」と言う作品では、“瓦礫だらけの荒野(らしき場所)が、突然現れる謎の巨大なローラーや削岩機(共にらしきモノ)に成形され、人工芝や河道,岩石(全てらしきモノ)によって風景として作り上げられていき、最後にどこからともなくやって来た、謎のヒト(らしきモノ)たちによって、巨大な岩の一つが謎の部屋(のようなモノ)として加工され、その室内の照明(らしきもの)が点灯されておしまい。”と言う過程が、様々な効果音と共に、弱々しいタッチ+迫力ある構図で表現されています。文章ではまったく説明しづらい世界です。
ここから先は勝手な思いこみですが、たぶんこの作者は「土木」についての思い入れなどはそれほどなく、加えて「マンガ」という表現手法についても、たまたまマンガであっただけで、ただ単に「ダダダ」「ドドド」「バーン」という効果音と共に「何か」が作られていく「過程」が描きたいだけなのだと思います。
ここまで書いておきながらなんですが、「土木」というタイトルであっても、土木のスバらしさを伝えるような作品ではないのです。
でもそこには、自分が土木を見るときに感じる「でかっ!」とか「長っ!」とかいった感想のような、それ以上どう言葉で説明していいのかわからない感情の一つの表現方法が示されているように思えます。
決して「ワンピース」のようにわくわくドキドキするものがたりではありませんが、なんだか不思議な体験ができるマンガです。



『ニュー土木』 横山裕一 著(発行:イーストプレス)
「土木」シリーズの他に「ブック」「ドレスアップ」等、収録。

laud 加藤和博
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