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危うい「象徴」、危うい「風景」
2006 / 06 / 26 ( Mon )
先日の朝日新聞の記事で見ましたが、東京タワーが借金のカタになってるらしいですね。(2006.06.18 朝日新聞)

こないだ「東京の象徴」なんて語ってた訳ですけど、アレも人んちのもんだった訳です。
てことは、人んちじゃないから受け入れてもらってるとか、背負ってもらってるなんて思ってたのも、こっちの勝手な思い込みだったということで。。。

そうやって考えると、やっぱり「使われ方」として公共物であっても「所有物」として誰かの物であったら、誰の思い出の場所だろうとオレたちのシンボルだろうと、それは勝手な思い込みでしかなく、それを永遠に維持することは無理とゆうか道理に合ってないのかも。その一方では、どんなに「象徴」だと騒いだところで、数年後には「第二東京タワー」を普通に「象徴だぁ!」と騒いでるんだろうし。

でも、まぁそうゆうモノ達で風景ってなりたってるし、はかなさみたいのも愛着を持てる理由の一つになってるのかもしれないか。。考えてみたら「公共物」だって、同じか。その時代の価値観とかそんなので、お江戸の橋が日の目を見ようとしてるくらいだし。“ゆるがないもの”なんて無いのかも。

まぁ、都市とか風景とかって、そんくらい危うい存在というか微妙なところで成り立ってんのかなぁ、などと思います。考えの違ういろんな人がそこで生きてる訳ですからね。


laud miyota
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コメント
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ちょっとまえの新聞記事で、広葉常緑樹で覆われた「鎮守の杜」は、戦後成立した植生だ、というものがありました。
明治以前は、マツ、スギが主流で、わりと閑散としていたとか。
京都、奈良も都周辺の山の森は燃料として使い尽くされて、禿山化→燃料枯渇→遷都みたいなながれだったということもあるみたいですし。
江戸時代や、近代に接合された都市や土木の論みたいなのは多いっぽいですが、微妙ですね。物語としては理解しやすいですけど。なんとなく政治的なきなくささがあって、あんまり好みませんが。
やっぱり接合させるべきは縄文ですよ。
by: kanaya * 2006/06/30 05:37 * URL [ 編集] | page top↑
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