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太宰治の言う風景
2006 / 06 / 12 ( Mon )
ある方のエッセイの原稿打ちをお手伝いさせていただいた際に、太宰治の作品「津軽」からの引用が心に残ったので、またまた引用させて頂きます。

“風景というものは、永い年月、いろんな人から眺められ形容せされ、謂わば、人間の眼で舐められて軟化し、人間に飼われてなついてしまって、高さ三十五尺の華厳の滝にでも、やっぱり檻の中の猛獣のような、人くさい匂いが幽かに感ぜられる。昔から絵にかかれ歌によまれ俳句に吟ぜられた名所難所には、すべて例外なく、人間の表情が発見せられるものだが、この本州北端の海岸は、てんで、風景にも何も、なってやしない。点景人物の存在もゆるさない。”

これは龍飛岬の風景を書いたものです。

「人くさい匂い」が無ければ「風景」にはなれない。
逆を言えば「風景」は人との関わりを何かしら必ず持っているということでしょうか。
冒頭の「ある方」は、「人が意識しなければ「存在」でしかない」とも語られていました。

ふむふむ。。。



laud miyota
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コメント
--だから--

A4 1ページだって!
by: o * 2006/06/14 05:21 * URL [ 編集] | page top↑
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