スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | page top↑
引用の引用
2006 / 02 / 06 ( Mon )
「好きか嫌いかという感覚的な判断だけが優先され、その背後にある対極的な論理や文脈は認識から排除される」と、土井隆義・筑波大大学院教授(社会学)は雑誌「世界」2月号で書いている。

と、野波健祐氏は朝日新聞2006年1月31日付けのコラム「観流06」で書いている。

先日逮捕された某IT企業社長の「キャラ化」に関するコラムですが、これ引っかかったので引っ張ってきました。

景観とかまちとかでも同じかな、と。ただ結果的に排除されたように見える論理や文脈は、要らない物ではないんですよ。結果的に排除されて見えても、そう見えることは必然であり、その必然は見えなくなった論理や文脈に裏付けられている。

とか思ったりします。

以上。

laud miyota
miyota | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<オレ土木 #004 | ホーム | オレ土木 #003>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://blogchecklaud.blog37.fc2.com/tb.php/14-3e8cc893
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。