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土木じゃないドボク #008
2007 / 04 / 25 ( Wed )
土木マガジンズ その4 『ダム技術』

20070424054537.jpg



「脱ダム宣言」などで一時期たたかれていた、ニッポンのダムですが、最近どうでしょうか?
このところのダムは、以前ここで紹介された「ザ・ダム」「ダムカレー」「観光放流」など出現により、これまでのダムのとはちょっと違ったところでの盛り上がりが散見されます。
「脱ダム宣言」以前からダムの新設については、その目的と効果に対して多く疑念がもたれて続け、また、ダムを造る場所じたいがなくなってきていることなどから、ダムにかかわる技術の重心は、今あるダムの問題にどう対処し、利用していくかに、移動しているようです。
2006年11月にでた「ダム技術」では、「既設ダムの有効活用」と題し、特集号を組んでいるので、そのあたりの状況をみてみます。

雑誌自体は、技術論文がほとんどなので、読んでても意味がわからず、挿絵しかみていないのですが、かろうじて読むことができるところをかいつまんでみると、
全体のあらすじとしては、
①「巻頭言:既設ダムの有効利用」で、ダムを建設する場所が少なくなった(全国にダムは2900近くあるらしい)こと、建設資金がない(世論により予算化しにくくなった)こと、ダムによる治水(洪水、渇水に対する備え)や利水(飲み水、農業・工業用水の安定した供給)をある程度安定して管理できるようになったこと、ダムの存在による環境への負荷が表出しているたこと、などを指摘して、今後は既設のダムの改造、周辺ダムとの統合運用によるソフト対策、について技術を開発することで、治水・利水を安定して管理できるよう、また環境負荷を低減することを目指すのが今後のダム技術の方向だろうと結んでいる。そして、
②「論説:ダム再開発検討研究会の取り組み」で、今あるダムを、今後も利用し続けるために、ダムに対して考えなければならないこととして、I)既設ダムを改造して機能を向上させること、II)既設ダムを長期的に機能させること、III)ダムによる環境負荷(被害)を回復させること、についての対策が必要としている。その上での課題として次の5項目があるとして、i)電力、農業、治水など個別の目的ごとに運用されているダムを、総合的に活用しなおすこと。ii)運用するコストを見直すこと。iii)ダムにたまる砂をなんとかすること。iv)ダムによって上下流に分断された川の環境と生態系が連続するようにダムを改造すること。v)1000年もつダムを目指して、改造・維持補修をおこなっていくこと
などを挙げている。
ここからは、上記の二つについての具体的な研究と事例をあげている。
③「技術研究:フィルダムの合理的な嵩上げ設計方法に関する研究、既設提体への増設放流管の空洞周辺応力特性と補強鉄筋効果に関する検討、貯水池を有効に活用するための堆砂対策に関する取り組み」の3編の論文で、ダムの機能の向上、長期利用、環境回復についての具体的な研究事例を挙げる。
そして、
④14のダムの、前記に適合するような取り組み事例を示し、既設ダムを運用することで、ダムの現状の問題点を改善し、さらなる機能を向上することを目的とした取り組みを紹介する。

というようなことが書いてある。

細かい内容については専門家じゃないのでまったくわからないので、適当な感想を書いてお茶を濁すのですが、全体をざっとながめると、ダム側もいろいろ考えて、国土をまもるために研究・対策をしているんだなくらいの感想をもつ。
それと同時に、「脱ダム」的に、国土をまもるためにはダム以外の方策でも可能かもしれないのに、それについて技術の向上を目指さないのは、ダム予算を減額したくないために必要もないダム関連事業を作り出し、保身を図っている国土交通省のダム屋、というありがちな批判もあるかな、という感想ももつ。

治水と利水をつうじて国土を保全し、国民の生活の安全を図るという大義のもとで、ダム技術がなにを主眼にそれを向上させていくか、または、ダム以外の治水・利水方策の検討・開発をするのか、というのは、正直はなしがでかすぎて、よくわからない。まぁどっちでもいいから、なんとかうまくやってくれと、お願いするしかない。

ただ「ダム技術」をながめていると、ダムにかんする数々の技術がなにかの周りをぐるぐる回ってるだけで、どうも、こう、なんというか、本質的なところにまっすぐ向かわず、なんとなく空回りしてる感じがしないでもない。たぶん、空回りしている感じがするのは、そんなことしても、やっぱりダムが想定している以上の雨が降れば洪水はおこるかもしれないし、雨が降らなければダムがあっても渇水はおこるんじゃないのか、というあきらめから来てるのかもしれない。

ダムの技術は、自然のごく表面部分について、数式を使ってシミュレーション可能な限られた自然を発見し、なんとか人間が利用できる部分をつくろうとしている、というものだと思う。なぜそんなことが必要なのかといえば、それは、社会をサステナブルな状態に保つためだろう。自然に対して無為であれば、それは人間が自然がもたらすものとして最もおそれている「死」を、ただ待っているだけになってしまう。
ロハスな人の中には、そういう自然を歓待する向きもあるかもしれないけど、国としては、まぁそうやってやっていくしかない。たぶん。

ダムの技術が空回っているのは、数式が決して表現できない自然そのものの周りで、自然は人間社会への災害や死をもたらすものだ。ここで、ダム技術が空回りしてでも行っていることは、なにかしていないと怖くて仕方がないからただ走ってるだけか、なんだかわからない中心にあるものの周りをぐるぐる回ることで、それがなんとか秩序的に安定してくれるかもしれないという祈りみたいなこと、なんだろう。きっと。
空回りしているように見えるけど、ちょっとずつ「カイゼン」していくことで1000年後にはなんとなく問題のないダム技術ができるのかもしれないし。

ダムによる自然破壊がもとで国土と国民生活の荒廃が先か、ダム技術の向上が先か、という感じかな。

ということで、がんばれ「ダム技術」。ダムじゃなくても良いけど。

laud 金谷健太郎
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