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土木じゃないドボク #010
2007 / 07 / 18 ( Wed )
「チョロQ建設省」

チョロQ-01

チョロQって僕ら世代だと非常に懐かしい玩具ですよね。
うちにはコースセットがあったので、友人といろんなコースを作って遊んでいました。(時にはジャンプ台なんかも作った無茶なコースでどこまで完走できるかとか試したり)

そんなチョロQに、土木魂をそそられるものを見つけました。
その名も「チョロQ建設省」!

建設省ってもう無いんですけど・・・ *
あえて名称変更して作り直すのも大変なのでしょうが、もしかするともう在庫限りで生産終了する商品なのでしょうか。欲しい人はお早めに。
( * 2001年に運輸省、北海道開発庁、国土庁と統合されて国土交通省に)

ところでこのチョロQ、各車両の可動部も多く、土砂(?)や積荷などの付属品などもついた非常に凝ったものとなっています。
チョロQ-02

土砂らしきものは、昔懐かしいチョコベビーを5分の1くらいにしたようなもので、子供だったらすぐに無くして(食べて?)しまうことうけあいです。
実際、写真取るために広げたのはいいのですが、しまうのに苦労しました。もうしばらく袋から出しません。
各車両の可動部も結構繊細で、早速ブルの腕を折ってしまいました。
こんなの小さな子供が遊ぶのかなと思って対象年齢を良く見たら「15歳から」。
さすがに大きめのお子さん用でした。というか、マニアな大人向け?

この「チョロQ建設省」に限らず、建設機械って子供用の玩具ではトップクラスの人気がありますよね。はたらく車の仲間として。子供の頃には人気の乗り物たちなのに、いつから興味が無くなってしまうのでしょうかね。土木って。
大学でも最近、土木工学科というと入学希望者が集まらないとのことで、社会基盤工学科とか都市環境なんとか学科とか、次々と名称を変えてイメージアップを図っているようです。
「土木」っていい言葉だと思うのですが。

でも、もともと子供の将来の夢にも「電車の運転手」とか「パイロット」とかは聞きますが(最近はない?)、「ダンプの運転手」とか「ブルのオペレータ」とかはあまり聞かないですね。
イメージが湧かないのでしょうか。そんなうちに悪いイメージの情報が入って来て・・・
せっかく子供の頃に生まれた興味のタネを、上手に育てられるように頑張りましょう、土木。

ということで、「土木学会デザイン賞」ただ今エントリー受付中です。

laud 中村泰広 (デザイン賞幹事)
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土木じゃないドボク #009
2007 / 06 / 06 ( Wed )
20070607050014.jpg


「キミの知らないみちで」
文:さとうたかとし 絵:しんざきゆき
発行:社団法人建設コンサルタンツ協会関東支部
建設コンサルタンツ協会関東支部HPより無料ダウンロード可能
http://www.jcca-kt.jp/ehon/ehon.pdf


建設コンサルタンツ協会が絵本をつくりました。
建設コンサルタンツとは、土木にかんする、調査・計画・設計等のしごとをする人です。
絵本の発行趣旨は次のように書かれています。

これからの社会を担って行く小学校の中・高学年生のみなさんに ”みち”や”まち”のことをいろいろ考えてほしいという思いから広報絵本「キミの知らないみちで」を作りました。
みなさんに、この絵本の中で登場する時夫のような「主役」になってもらって、ひとみやアイから出された”大きな宿題”を、私たちといっしょに、夢を持って考えて行っていただければ、これに勝る喜びはありません。

ストーリーは、学校で「お父さん、お母さんの仕事」について作文の宿題を与えられた『時夫』君が、お父さんの仕事(=建設コンサルタント(道路部門)=道路を設計する仕事)を考えるために、転校生の力を借りて、道路の使われ方について簡単な歴史を通して学び、その今後のあり方を考える、という感じです。
話の進行は「時夫」の道路に対する質問をつうじて行われている。
長いですがそれらを順に列記してみると、

「ほんじんってなに?」
→本陣は参勤交代の時に大名が泊まる宿。江戸時代の道路整備は参勤交代の交通により発展した。また大名を迎えるために定期的に周辺住民が道の維持管理を行っていた。

「月明かりってこんなに明るいんだ」
→むかしは街灯もなく夜の道は暗かった

(渡し舟に乗って)「みんな何をかついでいるんだろう」
「でもどうしてこの川には橋がかかっていないんだろう。これじゃあ不便だし、危ないよぉ」
「なんでわざと、橋をつくらないんだよぉ」
「でも何で橋をかけないのかな。やっぱりあぶないよ」
→江戸時代は国防のため、敵の進行を容易にする橋は、大きな河川にはかけられなかった。

「みちがちゃんとできたおかげで、全国のおとのさまからまちの人まで、たくさんの人が旅行できるようになったのか」
「だからみちは途切れることなく、まちとまちを結び続けているんだね。じゃあ、これからいくみちも江戸に続いているのかな」
→江戸時代、全国的に道路が整備され、人・物の交通が容易になり、情報も流通するようになった。

「おみこしが出る祭りなの?」
「祭!市(いち)!!」
「市ってすごいな。活気があって、いろんなものを売っているんだね。でもほかにスーパーマーケットみたいなところはあるんでしょ。」
→街路は、むかし市の出る場としての機能ももっていた。ひとの交流(であい)がなされるところであった。

(迷い込んだトンネルについてレンガ造だとの説明をうけて)「レンガぁ?」
→トンネルを掘ったあと、土が落ちてこないように、レンガで保護をしていた。いまは主にコンクリートを吹き付けたり、コンクリート版を積み重ねて保護している

(ガス灯を見て)「電気じゃないんだ」
→明治時代は道路照明はガスによっていた。

「みちがあるのに、なんでわざわざ高速道路をつくるんだよ」
→高速道路の整備による効果は、単純に所要時間が短縮される、物流が容易になることで地場産地の活性化につながる、観光客が増加する、工場の進出などで新たな産業が振興される、それにともなう人口増も期待できる、などがある

(SF映画のような近未来都市を見て)「たしかにこのまちには猫がいる場所なんてどこにもないかもしれない」
→自然環境保護と道路(都市)建設は背反するので、解決すべき課題が多い。

そして最後に
「どんな、みちが、まちがいいか、これからずっと、ゆっくり考えて」
と、問いを投げかけておわる。

最後の問いにいたるまでは、一問一答式で、
道路についての知識が提供される。
そして、その知識をもとに「いい土木施設とはなにか」
という問題を考えさせる、という形。
基本的事項を知識として提供して、応用問題を解かせる。
参考書に良くある感じかと。

とはいえ、まち、みち、みなとといった土木が対象とする
個別具体的な構造物について、どんな土木構造物がいい(わるい)か、
について考えても、たいした答えはでてこないと思う。
そこでの(正しい)答えは、利便性が向上するとか、
自然と調和しているとか、経済性が高いとか、産業の発展を促す、
といった現代的に合理性のある答えしか出てきようがないから。
だから、最後の問いかけが求めているものは、
要件に対する具体的な形でしかない。

利便性とか自然調和的とか持続可能性とか経済性といった
社会が与える要件に対応する社会基盤施設を実現可能な形におとしこむ、
という作業は、この本をつくった建設コンサルタントの主要な仕事だ。
こどもの夢でもなんでもない。

仕事をするうえで、コンサルタントの仕事(というか、どんな仕事でも)は、
(困難ではあるにしても)解決可能な課題を設定して、
それを解決する、というものだ。
「道とは何か」、「人はなぜ交流するのか」、
「公共性とは」などというような答えの出ない問いを
基本にしていては、仕事にはならない。


自分にあてがわれた課題と同じような問いかけを、
子供に向けてする。
そして、その答えを理想的(と作者が考えている)
土木構造物の姿と同一視させるように誘導する。
これは、いったいどういうことか?
われわれはこのように難しい課題に対して日々考え、
解決しているのだ、ということを理解して欲しい、
ということなんだろうか?

たぶんそうなんだとおもう。

なぜなら時夫が連れてこられた旅の最後に、
こんなことを叫んでいる。

「なんで宿題のためにこんな思いまでしなきゃならないんだよっ」

そう、建設コンサルタントのお父さんとお母さんは、
日々つらい思いをして仕事をしているのです。
・・・・・
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土木じゃないドボク #008
2007 / 04 / 25 ( Wed )
土木マガジンズ その4 『ダム技術』

20070424054537.jpg



「脱ダム宣言」などで一時期たたかれていた、ニッポンのダムですが、最近どうでしょうか?
このところのダムは、以前ここで紹介された「ザ・ダム」「ダムカレー」「観光放流」など出現により、これまでのダムのとはちょっと違ったところでの盛り上がりが散見されます。
「脱ダム宣言」以前からダムの新設については、その目的と効果に対して多く疑念がもたれて続け、また、ダムを造る場所じたいがなくなってきていることなどから、ダムにかかわる技術の重心は、今あるダムの問題にどう対処し、利用していくかに、移動しているようです。
2006年11月にでた「ダム技術」では、「既設ダムの有効活用」と題し、特集号を組んでいるので、そのあたりの状況をみてみます。

雑誌自体は、技術論文がほとんどなので、読んでても意味がわからず、挿絵しかみていないのですが、かろうじて読むことができるところをかいつまんでみると、
全体のあらすじとしては、
①「巻頭言:既設ダムの有効利用」で、ダムを建設する場所が少なくなった(全国にダムは2900近くあるらしい)こと、建設資金がない(世論により予算化しにくくなった)こと、ダムによる治水(洪水、渇水に対する備え)や利水(飲み水、農業・工業用水の安定した供給)をある程度安定して管理できるようになったこと、ダムの存在による環境への負荷が表出しているたこと、などを指摘して、今後は既設のダムの改造、周辺ダムとの統合運用によるソフト対策、について技術を開発することで、治水・利水を安定して管理できるよう、また環境負荷を低減することを目指すのが今後のダム技術の方向だろうと結んでいる。そして、
②「論説:ダム再開発検討研究会の取り組み」で、今あるダムを、今後も利用し続けるために、ダムに対して考えなければならないこととして、I)既設ダムを改造して機能を向上させること、II)既設ダムを長期的に機能させること、III)ダムによる環境負荷(被害)を回復させること、についての対策が必要としている。その上での課題として次の5項目があるとして、i)電力、農業、治水など個別の目的ごとに運用されているダムを、総合的に活用しなおすこと。ii)運用するコストを見直すこと。iii)ダムにたまる砂をなんとかすること。iv)ダムによって上下流に分断された川の環境と生態系が連続するようにダムを改造すること。v)1000年もつダムを目指して、改造・維持補修をおこなっていくこと
などを挙げている。
ここからは、上記の二つについての具体的な研究と事例をあげている。
③「技術研究:フィルダムの合理的な嵩上げ設計方法に関する研究、既設提体への増設放流管の空洞周辺応力特性と補強鉄筋効果に関する検討、貯水池を有効に活用するための堆砂対策に関する取り組み」の3編の論文で、ダムの機能の向上、長期利用、環境回復についての具体的な研究事例を挙げる。
そして、
④14のダムの、前記に適合するような取り組み事例を示し、既設ダムを運用することで、ダムの現状の問題点を改善し、さらなる機能を向上することを目的とした取り組みを紹介する。

というようなことが書いてある。

細かい内容については専門家じゃないのでまったくわからないので、適当な感想を書いてお茶を濁すのですが、全体をざっとながめると、ダム側もいろいろ考えて、国土をまもるために研究・対策をしているんだなくらいの感想をもつ。
それと同時に、「脱ダム」的に、国土をまもるためにはダム以外の方策でも可能かもしれないのに、それについて技術の向上を目指さないのは、ダム予算を減額したくないために必要もないダム関連事業を作り出し、保身を図っている国土交通省のダム屋、というありがちな批判もあるかな、という感想ももつ。

治水と利水をつうじて国土を保全し、国民の生活の安全を図るという大義のもとで、ダム技術がなにを主眼にそれを向上させていくか、または、ダム以外の治水・利水方策の検討・開発をするのか、というのは、正直はなしがでかすぎて、よくわからない。まぁどっちでもいいから、なんとかうまくやってくれと、お願いするしかない。

ただ「ダム技術」をながめていると、ダムにかんする数々の技術がなにかの周りをぐるぐる回ってるだけで、どうも、こう、なんというか、本質的なところにまっすぐ向かわず、なんとなく空回りしてる感じがしないでもない。たぶん、空回りしている感じがするのは、そんなことしても、やっぱりダムが想定している以上の雨が降れば洪水はおこるかもしれないし、雨が降らなければダムがあっても渇水はおこるんじゃないのか、というあきらめから来てるのかもしれない。

ダムの技術は、自然のごく表面部分について、数式を使ってシミュレーション可能な限られた自然を発見し、なんとか人間が利用できる部分をつくろうとしている、というものだと思う。なぜそんなことが必要なのかといえば、それは、社会をサステナブルな状態に保つためだろう。自然に対して無為であれば、それは人間が自然がもたらすものとして最もおそれている「死」を、ただ待っているだけになってしまう。
ロハスな人の中には、そういう自然を歓待する向きもあるかもしれないけど、国としては、まぁそうやってやっていくしかない。たぶん。

ダムの技術が空回っているのは、数式が決して表現できない自然そのものの周りで、自然は人間社会への災害や死をもたらすものだ。ここで、ダム技術が空回りしてでも行っていることは、なにかしていないと怖くて仕方がないからただ走ってるだけか、なんだかわからない中心にあるものの周りをぐるぐる回ることで、それがなんとか秩序的に安定してくれるかもしれないという祈りみたいなこと、なんだろう。きっと。
空回りしているように見えるけど、ちょっとずつ「カイゼン」していくことで1000年後にはなんとなく問題のないダム技術ができるのかもしれないし。

ダムによる自然破壊がもとで国土と国民生活の荒廃が先か、ダム技術の向上が先か、という感じかな。

ということで、がんばれ「ダム技術」。ダムじゃなくても良いけど。

laud 金谷健太郎
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土木じゃないドボク #007
2006 / 09 / 20 ( Wed )
「貫通石」

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試合に勝ったとき、試験に合格したとき、つらい困難を乗り越えたとき、何かを達成した時、人はその記念に自分に御褒美として何かを買ったりしますが、土木の世界でも工事が無事完了したことを記念して、竣工記念品というものがあります。

具体的なものとしては、工事名称を記載したカレンダーやペンスタンド、ダム堤体を形取ったペーパーウエイトなど、身近にちょっと置いといて、昔の工事を懐かしむことが出来るようなものが多いのですが、最近では、担当者の個人的希望でデジカメ買ったりしてるところもあり、結局なんでもありのようです。
しかし、そんな中、特に定番としてはずせないものがあります。それはトンネル工事における「貫通石」です。

「貫通石」とは、トンネルの貫通点、すなわち最後の発破地点で採取された石のことで、昔から安産のお守りとして大切にされてきました。

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なぜ貫通石が安産のお守りとされてきたかについては、「神功皇后が戦いにおいて敵の背後まで掘った洞窟からの攻撃で大勝利を得て、記念にその洞窟の石を持ち帰ったところ、元気な赤ん坊産まれた」とか「自然の地圧に命を懸けて戦い抜いた男達が、女性の宿命である分娩の苦痛を女性に替わり全部背負い汗と水に流した」とか色々な説があるようです。
でも、もともとトンネル工事では、山の神様というのは女性で、山の神様が嫉妬して事故が起こらないように工事中は女人禁制という習慣があったくらいですから、トンネル内部というのは女性の胎内のようなもの。そしてその最深部にある「貫通石」は・・・、そんなところから安産というつながりもあったのではないでしょうか。
今では、石(意思)を貫くことから合格祈願や結婚記念などに持つ人もいるようです。
これもなんでもありになってきましたが、土木と人のつながり方のひとつとして、なかなか面白いケースではないかと思います。

うちも今、妻が妊娠中で、先日妻の母上から安産のお守りにと、実家の近所のトンネル工事の貫通石が送られてきました。土木に携わるものとしては、身近な人からこうしたものを頂くのは、とてもありがたく思います。
個人的には小学校の時からの謎、タモリの安産祈願にありがたみを強く感じてしまいますが。

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                卓上用アクリル封入タイプ

laud 中村泰広
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土木じゃないドボク #006
2006 / 08 / 30 ( Wed )
土木マガジンズ その3 『基礎工』
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このlaudのblogにある「オレ土木」というのは、基本的に数名で街中を散策して、気になる土木構造物を見て、それがなんで面白いんだろうということを考えてみて、作文するというスタイルをとっている。
とくに私がかかわっているところでは、「アースダイバー」というベストセラー本にここのところかなり感化されているので、それをなぞるようにぐだぐだと考えようとしているが、アースダイバーとくらべて、その作文が極めて面白くないのは、どうしようもない。

アースダイバーでは洪積層と沖積層が複雑に入り組んだ東京都心部の地形の局所的な変化が規定する、縄文時代から変わらない都市空間の構造を読み解くということがそのテーマとなっている。

洪積世(正しくは第4紀更新世)とは200万年前くらいから1万年前くらいまでの間をいい、この時期に河川、湖沼、海底であったところに土砂が堆積し、その後隆起などをくり返して形成された地盤で、現在まであまり変化を受けていない地盤を洪積層という。
このとき陸地であったところには、富士、箱根の火山灰が降り積もり、いわゆる関東ローム層を形成して、台地となり、東京の豊かな森を形成していく。
いっぽう、たくさんの川や河口には上流で削り取られた土砂が堆積してゆき、そこに大小の平地が形成されていく。この平地が沖積層といわれる。

台地であるところは、概して地盤が良いため、縄文時代以降、古墳、寺社、城、屋敷など、大きな施設も問題なく構築されていく。いっぽう平野は、地盤が弱く河川の流路も定まらないことからか、あまり大きなものは建てられない。
このような事情が縄文から戦前までつづいたからか、東京には台地の間を入り組んで流れる川(いまはドブ川とか道)と台地(山手とかいわれるところ)が複雑にレイアウトされて、それが東京の都市構造を規定している。
しかし戦後になって、東京も大きくなりすぎてきたので、元来山手に建つべき重要な大規模都市施設が、低地にも進出しはじめる。
そのため、基礎杭を地中に打ち込んで、杭の上に構造物を構築する必要がある。そして、この基礎杭は、縄文時代以降に堆積した軟弱な地盤を掘りぬいて、その下にある洪積層の地層にその支持をとるのが一般的だ。
低地に建つ山の手のものと見まごうほどの立派なビルや高架橋などの施設は、その実、洪積層という山の手と同じ地層平面に支えられている。

杭という細い管を通して、縄文時代以来、東京を育んできた洪積層の力を、現代の過剰な都市活動を維持するための構造物の支えにする、というような喩えを考えたりしてと、杭基礎ってなんだかすげーと思ったりのだが、どうだろう。

ということで、今回紹介する雑誌が、この『基礎工』。
「土木・建築基礎工事と機材の専門誌」というキャッチコピーであるが、基礎は地盤との関係が強いためか、地盤と他構造物自体のトピックスにも手を広げており、「地すべり」(「地すべり」という雑誌がほかにある)、「トンネル」(「トンネルと地下」という雑誌がほかにある」などの報告も散見される。この件については議論が必要かもしれない。

ここで引っ張り出した基礎工は2005年4月号で、「既存基礎の再利用技術」を特集している。
1960年代の高度成長期の建築物が、寿命を迎えだすことから、上屋を解体、増築などすることで現在の商業的なニーズや各種基準に適合させる計画が数多くあるものの、上屋の解体に比べ、解体に伴う困難や問題の多い基礎構造物は、同平面の計画にはできるだけそれらを転用することが望ましい、という配慮がある。

報告のなかに大阪・梅田にあった「阪急ファイブ」の建て替えに関する記事がある。建て替えにより7階のうえに観覧車がある「ヘップ・ファイブ」というビルに生まれ変わったビルだ。
基礎を再活用することにより、すべての基礎を新設することに比べ、基礎工費でおおよそ4割の削減、排出二酸化炭素量は7割の削減となる。
構築全体に対する割合を考えるとこれは微々たるものかもしれないが、すこしでも、工費、環境負荷の低減を追求する姿勢が、信頼できる。

紹介される事例については施主への配慮からか建物名が明記されてないものが多いので、どれを読んでも具体的なイメージが湧きにくいが、自分が大阪にいたことがあり、多少馴染みのある物件の記事だったからか、興味がひかれ、意外と読むことができる。
馴染みのある建物が建て換えられても、その基礎は以前のまま、その土地にしっかりと根付いているものであることに想像をめぐらすことも、ちょっとだけ楽しい。

「基礎工」 発行 総合土木研究所,定価 1630円,創刊 1973年

laud 金谷健太郎
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